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違いについて

今日は勉強会に参加してきました。

エフェソ4:1〜を読みました。

聖書の勉強をすることは、神様、イエスとの恋愛関係なんだなぁと思いました。

洗礼志願をすることは神様との婚約、洗礼を受けることは神様との結婚です。

人によって何年もかかる人もいれば、数ヶ月でクリスチャンになる人もいたり。。と

人によって違いは様々のようです。

そんなことを学んだ1日でした。

 

そしてカトリックプロテスタントの違いについても学びました。

カトリックは昔々は教皇や司祭がぜいたくで派手な生活をしていたようです。

そしてそれに呆れた宗教改革者達が「イエスはそんなことをしない」と

反旗をひるがえして共感する信徒達を引き連れ

カトリックを離れました。

そうした兄弟ケンカのような状態で生まれたのがプロテスタントだ、と学びました。

 

聖書の読み方にも違いがあるようです。

カトリックは自由解釈を認めないで、権威的解釈をするそうです。

聖書の解釈、教導権はカトリック教会にある、というのがカトリック

聖書の解釈はクリスチャン一人一人が自由に解釈して良い、という

自由解釈を認めているのがプロテスタントです。

 

そして聖体拝領はプロテスタントはシンボルとして扱うため、

来た人誰でもうけることができるけど、

カトリックは聖体を実体として扱うため、

信徒のみがうけることができ、信徒でない方は祝福を受けるという形なのだそうです。

 

そしてプロテスタントはマリア崇拝をしませんが、

カトリックはマリア様を崇拝をしているわけではなく、

祈りを取り次いでくださる方としてマリア様を大事にしているわけです。

 

像にかんしても、プロテスタントでは十字架のみで、あらゆる像を崇めることを禁じていますが、

カトリックでは像を通してよりよく祈れるように、と像を認めているのだそうです。

 

近年では今までの対立を互いに見直して、

一致運動も生まれているそうですが、なかなか難しい点もあるようです。

 

今日は聖書の内容というより、歴史について学んだ1日でした。

行って本当によかったです。

次回の勉強会も楽しみにしたいと思います。

 

 

 

 

大事に

今日はとある教会のミサの動画を見ました。

とても励まされました。

 

現実的に考えると、夢や愛を避けて忘れてしまうけど、

愛を持って夢を見ていくこと、大切。

弱気になり、夢や愛を持つ信仰を持たないのではなく、信じて歩んていく。

 

 

そして、掟の裏にある心がなにかをよく考える。

◯◯するな、と人から言われたり、紙に書いてあるものを表面的に考えるのでなく、その心はなんなのか、掟を心の中に携えること。

 

◯◯するな、なら、それをしてしまう動機になった心はなんなのか、それを捨てさることを考えて。

 

怒りからきたのなら、その怒りをすてる、不安からきたのなら、その不安をすてる。

これは大事。

昨日の夜は教会に行ってきました。

神父様の、ためになるお話を聞けてよかったです。

毎週、教会に行ってお話を聞くのが楽しみです。

今日は地の塩についてでした。

塩は味付けや腐敗止めのはたらきがあります。

キリスト者は世の中の味付けとなるような存在、

腐敗をとめる存在である。

行いや想いにおいてそのようである、

私たちも世の中を味付けしていきましょう

という話でした。

わたしもそのような存在になれるように心がけたいですが

人間なのでなかなか難しいな、と思うこともあります。

そう振る舞いたくてもできない自分に落ち込むことがありますが、

祈り改めてまた精進したいと思いました。

わたしは

わたしは、

人としてどうなんでしょう

自信をもって言えません

いつか言える日が来るのでしょうか。

勉強会

勉強会に初めて出たけど

みんな親切だった。 

わたしが、もうメンバーになると思って、

連絡先を交換してくれたり、

年配の方が多いけど、明るい雰囲気だった。 

また行ってみよう。

今度のミサも楽しみ。

すごいね

祈りってすごいね。

神様はほんとに心を

落ち着かせてくださる。

神様、聖霊、Jありがとう。

祈りについて

書店で祈りの本を買いました。

過去の祈りについてのいくつかの名著をまとめた本です。

祈りとはなにか?について書いてあります。

聖霊と共に、祈り歩むことを学んでいきたいと思います。

 

「祈り」をささげた人々

「祈り」をささげた人々